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2007年10月31日

第三章 ラグビーが教えてくれたこと その1

第三章 ラグビーが教えてくれたこと その1

第三章 ラグビーが教えてくれたこと その1

私の人生とラグビーは切っても切り離せない。何事にも「一歩前へ」と挑戦する精神を
つくってくれたのがラグビーだった。

伴小学校(広島市安佐南区)を卒業した私は、父の頑張りのお陰で1949(昭和24)年
4月に私立の崇徳中学校(広島市西区)に入学させてもらえた。

私の住まい沼田から比較的近い場所にあり、それでも通学に40分余りはかかったが
伝統のある学校でもあった。

崇徳中学校は高校を併設した、中・高一貫の学園である。

同学園は、親鸞聖人の教えに則り、浄土真宗の教育を旨とする仏教色が
濃い事で世間に知られている。が、実際に入学してみると、仏事行事として
毎年4月8日のお釈迦様のお祀り、週に一度の宗教の勉強ぐらいで
何ら一般の学校と変わっている雰囲気は感じなかった。


それよりも男子校だけあって、どちらかというと質実剛健の校風が強く
勉学もさることながら、スポーツにも力が注がれており、全国大会で
何度も優勝したバレーボール部や柔道部のように広域に鳴り響いた
クラブが幾つも存在した。


その一つに、私が終生愛する事になるラグビー部との出会いがある。

私はラグビー部と出会えたことを、今でも最大の喜びと感謝の一つにおいている。

ラグビーの魅力はなんだろう。

ひと言で言えば、血が騒ぐーーこんな表現かもしれない。

一つのボールを追って敵味方が肉弾戦を展じる。
それでいて、そこには厳密に計算された技と温かいチームワークが存在する。

スポーツの原点すべてが凝縮されているのがラグビーではなかろうか。
当然のこと、崇徳中学校に進んでラグビーとであった途端に私の心は魅了されてしまった。

「よし、ラグビー部にはいろう」よこの思いのまま、何一つ躊躇うことなく青春をラグビー
に捧げるのである。

家業の酢造りの手伝い、時間が空けば伴の田舎を走り回って自然と体を鍛えていた
私にとって、ラグビーは恰好のスポーツであり、まさにわが意を得たスポーツであった。
試合開始のホイッスルから終了のオフサイドまでグランド狭しと走り回る。

マナーに則った格闘技とも言えるスポーツだけに、一試合終わるとぐったりするほど
疲労感を伴うが、それ以上の爽快感も備わっていた。

その頃の私は朝も昼もなく、ラグビー一色であった。

身長175cm、体重75kgと恵まれた体格、さらには100mを12秒で
走り抜ける脚力を生かし、私はラグビーにとっぷりと浸かった。

やがて一年の半ばにはレギュラーの座を獲得。
以後、クラブの要のポジションを幾つか任されながら、ずっと正選手の
位置が揺らぐことはなかった。

もともと当時は、ラグビーを中学や高校のクラブ活動に
取り入れているところは少なかった。

中国地方においても崇徳中学以外では数えるしかなく

限られた選手の限られたスポーツという印象であった。
そのため対戦校探しにも一苦労、県外遠征なども多く、高校時代には
天理高校などに赴くこともあった。

ところがどうであろう。昨今のラグビーは人気のスポーツの一つである。
「冬の華」とも表現され、大学の対抗試合を頂点に、冬場に大観客を
動員できる数少ないスポーツとなっている。

当時には予想も出来なかった隆盛ぶり、隔世の感を拭えない。


第三章 ラグビーが教えてくれたこと その1


さて、それだけのめり込んだラグビーだけに、私は当然の如く
生涯このスポーツと付き合っていく気持ちでいた。

大学に進学しラグビー部に在籍する。その後もラグビー関係の仕事に就いて
人生を送る。それ以外には考えられないほどであった。

事実、私が高校の現役時代に明治大学の北島監督(当時)から誘われた。
崇徳高校のラグビー部監督であった中島先生が明治大学の卒業生で
北島監督と懇意にしていた関係もあったろうが、明治大学としても全国各地から
有望な選手をピックアップして進学を促す意向があったからだ。

当然のこと、私は北島監督の目にとまった。

明治大学といえば、早稲田大学と並んで学生ラグビーの頂点。
オープン攻撃の華麗な展開をする早稲田に対して、明治は「一歩前進、前に、前に」
で知られるように、ラグビーの神髄ともいえる押しのフォワードを売りにする特徴的な
ラグビーを信条とする。

地に足をつけ、がっちり組んだ強靭なスクラム。

ジリ、ジリッと相手を押し込んでいく。私が最も好きなスタイルであり、私のラグビー姿勢
そのものが、明治の校風に合致していた。

ラグビーを始めていつごろからか、いずれ明治大学に進むものとそれとなく決めていたし、
他の進路はまったく念頭になかった。北島名監督率いる明治大学には多大な魅力を感じ
ていたし、憧れてもいた。

第三章 ラグビーが教えてくれたこと その1


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Posted by センナリ株式会社 at 15:15│Comments(0)『米の酢』物語
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