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2007年10月13日

第一章 こだわりのルーツ その2

第一章 こだわりのルーツ その2

こだわりのルーツ その2

良い米酢を作るには、良い米と水が欠かせない。

その点、郷里である沼田町(現・広島市安佐南区)は
恵まれた環境にあった。

温暖な気候で生育した稲穂はふんだんにあったし、水といえば
太田川の源となる清流が絶え間なく流れている。

いわば父の周りには米酢造りに適した環境(良質の米と水)が自から整
っていたのである。

こうして創業された「センナリ」だが、住時の資料は少ない。
将来を見越して創立経緯を記したものなど、ほとんどない。

日々の暮らしに追われている父の頭には後年、創業時を回顧するなど
念頭になかったからだろう。また、私自身(克伸)も幼かったため、創業時の
記憶は僅かである。

当時は家族の誰もが前を見ることで精一杯。
一日を終えるとそれだけで疲労困憊。

今日一日の出来事、昨日あったことなど過去を振り返る余裕が
なかったのが実情でもあった。


センナリがどのような過去を経て今日に至っているのか。
それは、今や私の記憶がすべてであるといってよい。

当時に思いを馳せると、それでも断片的に色々な場面が浮かんでくる。
だが、真っ先に蘇る創業時の光景は父と母の労苦である。

父も母も随分と辛苦しながら家業を支えてきた。
朝早くから、夜遅くまで働きづくめで、時には諌めあいをしながら働いていた。
その原因は決まって母のことだった。

綺麗好きで几帳面な母の手は遅かった。

仕事が丁寧な分、仕事が捗らないことがある。

それが父の癪にさわった。昔は米酢を造るのに、温室で麹を
造る作業が欠かせない。
これを「ムロ」という。この作業の段取りに手間取ることがあり、つい父は
いわずもがなの口を母に被せた。普段、二人の間に瑣末が生じ
ると言えば、このことが大半だった。かといって父ばかりを責められるものでもない。

父は、傍目から見ても痛いほどに体を酷使して働いていた。
すぐさま思いだすのが、父の肩の瘤である。重い荷物を担ぎ続ける父の肩には
いつからかポコッと拳大の瘤が膨らんでいた。

瘤ができるのも当然である。

父は、米酢造りのために大きな一斗樽を毎日毎日担いで階段を昇り降り
しなければならなかったのである。

当時のことだから、何をするにも人の労力である。

現在のように工場が機械化されるのはずっと後になってから。
当時は作業のすべてを人の力に頼らねばならなかった。


中でも元酢に5割ほど水が入った一斗樽の重さは並大抵ではない。

父の肩に担がれた樽は、父が動く度にジャブンと音を立てたし、木製のハシゴを
移動する度、その重さでミシミシと軋みを立てた。
大変な重労働であった。

幼い私、すぐの弟、とにかく手が空いている者はできる限り手伝ったが
到底父のようにはいかない。難儀を要する重労働の大半は父に委ねられていて
父はいつの日も額からポタポタと汗を垂らし顔を黒くしていた。

日がな、言葉少なに米酢造りに励む父、作業の間、笑った顔を見たこともない。


しかし、父の目は輝き、いつも前を見ていた。そんな父に、私たち幼い子供たちの
働きは、どれほど役立ったであろうか。


それはともかく、我が家で造り始めた「米酢」は実に評判がよかった。造り始めて
早々に近隣に名が響くようになった。


「大地のとこの酢は、美味しうてええ」心を込めたわが家の米酢はどの家庭でも
人気を集めた。仕上がる頃には毎日20人余りが列をなし、今や遅しと待っている。


第一章 こだわりのルーツ その2


父、母、そして私たち家族一丸となって造った米酢を待ちわびている人たちがいる。
私は、それらの人を見るにつけ、晴れがましい気分となった。

「お客さんの信頼を絶対に裏切ってはいかん」

父と、母が何度も口にした言葉だった。

お客さんがあってこそ、センナリがある。

お客さんのいない商品など、なんの価値もない。

ごくごく当たり前の事が、幼い私にとって強烈な言葉であり、新鮮であった。

お客さんの信頼ーということで、忘れられない場面がある。
当時のことだから、衛生面は決して褒められたものではない。密封、滅菌された
工場にほど遠く、また、品質管理の検査が行政から口やかましく言われもしなか
醸造醗酵させた「米酢」を一升瓶に詰め、コルクで栓をする。

その間に品質検査やチェックは行われない。

これはウチだけではない。当時は、どこも完璧にはほど遠い衛生状態だった。
だが、ウチはこれを気持ちで補った。

特に母がそうであった。


几帳面な母は、お客さんにお渡しする一升瓶の洗浄を
毎夜遅くまで丁寧に続けていた。
寝る間を惜しんでーーそれはもう、そこまでしなくてもというぐらいであった。

見かねた父は、「お前、そんなにしてたら体を壊すぞ」と何度も言ったものだが、父
の言葉に頷くだけの母の手が休むことはなかった。
子どもの私の目にも母の几帳面さ、清潔さはいたく記憶に残っている。
これもお客さんあってということに人一倍心を砕いていたからだろう。

家内工業で創業されたセンナリだけに、最大の売り物といえば、商品はもとより
「真心」でもあった。

お客さんの信頼を裏切ってはならない、お客さんに信頼される
には目に見えないところでも真心を尽くし、決して手を抜いてはならない。

それはやがて、かけがえのない信頼に繋がる。

真摯に働く父の姿勢、いかなる場面でも手抜きはしない母の心。
双方共に形は違えど「真心」であった。

父と母、二人の奥深い気持ちが「大地の米酢」の源である。父によって創業し、母に
よって支えられたセンナリの米酢、この源流はやがて大海をめざそうとしていた。

第一章 こだわりのルーツ その2

つづきは⇒http://oochikura.e-know.jp/e7070.html



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Posted by センナリ株式会社 at 11:45│Comments(0)『米の酢』物語
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